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エベレスト日本人最年少登頂 伊藤伴│FOCUS vol.5 中編

2016/10/26

今年の5月、2人の大学生が相次いで世界最高峰エベレスト登頂に成功した。 いずれも日本人最年少登頂記録を更新ということでマスコミを賑わせたが今回の主役、伊藤伴が胸に秘めていたのは、まるで別の思いだった。 前編はコチラから

エベレスト山頂直下の伊藤。8500m付近から酸素マスク内が凍結し始め、この時点では酸素供給が止まっていたが、登頂時に修繕して難を逃れる。背景は2日後に登るローツェ

ここに残って、僕らにできることもあるんじゃない?

─地震の瞬間は、どんな状況だったんですか?
「昼食の支度が始まった時間帯でした。氷河上だったせいか、ゆっくり大きく揺れながら轟々と音がして、地球の終わりのような感じでした。そうこうしているうちに、今度はゴーッという雪崩の音。

『やばい! 逃げろ!』という近藤さんのかけ声で、みんなガケを駆け下り、ダッシュで岩の裏に逃げ込んでなんとか……。結局、雪崩は届かなかったんですが、爆風の直撃を喰らって僕らのキャンプは壊滅的でした」

上)2015年5月、地震の直後に起きた雪崩の爆風に襲われたエベレストベースキャンプ。下)地震から数日後、無事を確認した登山隊メンバー全員で撮った写真

─登山活動の始まる前ですか?
「そうです。その2日前にベースキャンプに到着したばかりで、食糧や資材の仕分け作業をしていました。そのほとんどが吹き飛ばされたので、みんなで手分けして探し集めて、なんとか生活できるようになりました。すでに登山活動は断念せざるを得なかったんですが、撤収しようにも地震の影響で荷物を運ぶポーターが上がってこられず、結局1週間くらい閉じ込められてから下山したんですが、途中、ルクラの空港が人であふれていてパニック状態とのこと。カトマンズの空港が閉鎖されているから支援の飛行機以外は飛べないんですよね。『ならば、ゆっくり降りよう』という近藤さんの提案で、2泊くらいで降りるところを、5泊くらいかけて歩きました。地震でトレッカーも来ないから、僕らが宿に泊まってお金を落とすことで、少しでも支援になれば、という考え方でした」

─それがその後のボランティア活動に繋がるのですね?
「そうですね。近藤さんの提案にみんなが賛同したんです。カトマンズに着いたときに、『みんな、このあと1ヵ月くらいは特に予定はないよね?』って言い出したんです。エベレストに登るつもりだったから、確かに帰国したとしても予定はない(笑)。『だったらさ、ここに残って、僕らにできることもあるんじゃない?』と。

 帰国したとしても、日本からできる支援としては募金くらいしかないし、それも今のネパールの政情を考えれば、本当に必要な人たちの元に届く保証はない。それに僕らは登山隊だから、被災地のボランティアに必要な道具は揃ってる。ヘルメットもあるし、丈夫な衣類や手袋、ゴーグルもある。配れる食糧もあるし、医薬品だってダッフルバッグ1個分はある。

 そこで、僕らは街周辺ではなく、赤十字やユニセフの支援が届かないような、山の方の村を回ることにしました。いつも登山でお世話になってる山の人たちに、少しでも恩返しになればと」

上)アイスフォール登攀中の伊藤。下)ベースキャンプに下山後、キッチンスタッフから贈られた祝福のケーキ

夜中に出発するくらいならローツェに登ったほうがマシ?

─それから1年を経てリベンジを果たしました。それはやはりエベレストへの執念ですか?
「正直、帰国してからはそれほど考えていなかったんです。夏休みは普通の大学生らしく過ごし、秋くらいからまた少しずつ山に行きだして……。で、冬になった頃に近藤さんから誘われたんです。『またエベレスト行く気はある?』って。地震の特例でパーミットが延長される可能性があり、そうなれば登山料のウン百万円分、費用も安くなると。それを聞いたとたん、『行きたいです!』って即答しちゃったんです」

─ローツェを計画に盛り込んだのはなぜです?
「実は最初のエベレストの時からそういう計画でした。ローツェを普通に登ろうとしたら400万円くらいの費用がかかるじゃないですか。2ヵ月の休みを取ってネパールまで遠征して、また危険なアイスフォール登って……と。けれどもローツェは途中までルートが一緒だから、エベレストの行程にプラス1日、プラス登山料100万円くらいで登れる。これは登らない手はないなと思ったんです」

─エベレストだけでもたいへんなのに、いったん下ってもう一度8516mまで登り返すなんて、心が折れませんでした?
「キツかったのはエベレスト登頂後にサウスコルまで戻った時でした。前夜の23時から20時間近く行動してきたから、もうヘロヘロ。エベレストだけなら翌日の夜中に出発してC2まで一気に下るんですが、僕らはローツェC4まで2時間くらいの移動だから、朝までゆっくり寝れる。後先考えず、もうそれだけで嬉しかったです。夜中に出発するくらいなら、ローツェに登り返したほうがマシだって。もちろんそれは大きな誤解とわかってるんですけどね(笑)」

─エベレストの最年少登頂記録にはこだわりました?
「いや、僕はべつに最年少で登りたかったわけじゃなくて、近藤さんとエベレストに登りたかっただけなんです。子どもの頃からお世話になっていて、僕に登山の楽しさを教えてくれた恩人のような方。でも近藤さんも歳だから、いつまでエベレストを続けるかもわからない。だから、早く参加しなきゃと。それが大きかったですね」
後編へ続く)

Text / Chikara Terakura
soto9号(双葉社スーパームック)より転載


伊藤伴
1995年12月、東京・小平市生まれ。小学校5年生でモンブランに登りたいと考え、国際山岳ガイドの近藤謙司に相談。以来、中学3年でモンブラン(4810m)、高校3年でネパールヒマラヤ、ロブチェ・イースト(6119m)、大学3年でエベレスト(8848m)と、いずれも近藤のガイドによって登頂を果たす。東京経済大学経営学部在学中

Impression 伊藤伴のアイテム

トーレストマウンテンジャケット PM5945

ストレッチ性があるのでとても着心地がいいジャケットです。ハーネスに干渉しない大きなチェストポケットがとても使いやすかったです。
内側にはリップスティックホルダーもあり、細かい操作がしづらいグローブをしていても落とす心配がありません。私は唇がとても弱く、頻繁にリップスティックを使うのでとても重宝しています。


2016/10/26


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