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エベレスト日本人最年少登頂 伊藤伴│FOCUS vol.5 前編

2016/10/12

今年の5月、2人の大学生が相次いで世界最高峰エベレスト登頂に成功した。 いずれも日本人最年少登頂記録を更新ということでマスコミを賑わせたが今回の主役、伊藤伴が胸に秘めていたのは、まるで別の思いだった。


僕でもエベレストに登れますか?

 東京・小平市で生まれ育った伊藤伴は、現在、都内の大学に通う3年生だ。登山に目覚めたのは小学生時代。早くも中学3年でヨーロッパアルプス最高峰モンブランに登り、高校3年時にはネパールヒマラヤ6000m峰ロブチェ・イーストに登頂している。そして昨年、19歳での登頂を目指してエベレストに向かったが、折からネパールを襲ったマグニチュード7・8の大地震によって登山活動を断念。今回は2度目のチャレンジでの成功だった。

 日本人最年少登頂となった20歳での伊藤の記録は、その4日後に19歳の日本人女子大生によって塗り替えられるわけだが、驚くべきことに、一方の伊藤はエベレスト登頂から2日後には世界第4位のローツェ(8516m)の登頂にも成功している。隣あう2つの8000m峰を、まるで縦走でもするように連続して踏破したこの登山をガイドしたのは、国際山岳ガイドであり、数少ない日本人高所ガイドの近藤謙司。近藤はこれまで5回にわたって計13名の顧客をエベレスト山頂に導き、今回も4人を登頂させた後に、伊藤とローツェに向かったのだった。

 マスコミは「エベレスト日本人最年少登頂」というわかりやすい記録をこぞって取り上げたが、その点でいえば20歳の8000m峰継続登頂こそ、世界的にみても稀な記録と言ってもいい。

 そんな伊藤の話を聞くために、彼の母校である東京経済大学を訪ねた。キャンパスで出迎えてくれた伊藤はひょろりと背が高く、まるで女性のような顔立ちをした優しげな青年だった。

ローツェの急峻なクーロワールをひたすら登る。バックはウエスタンクウムとエベレスト。

ヒマラヤデビューは高校3年。まずはそこから普通じゃない

─まずは、なぜエベレストに挑戦しようと思ったのか。そのあたりからうかがいたいと思います。
「僕は子どもの頃から近藤謙司さんと山に登ってきた関係で、周囲の大人にエベレスト登頂者が多かったんです。そんなこともあって、いつか自分も彼らの仲間入りをしたい、と漠然とした思いを抱いていたのだと思います。

 それが高校3年の時にロブチェ・イーストに登り、その時山頂から目の前にエベレストが聳えていたんです。それを見た瞬間に、夢が現実に切り替わったんです。それで、下山中に早くも『僕でもエベレストに登れますか?』って近藤さんに尋ねていました」

─そもそも「高校でロブチェイースト」というあたりからして普通ではないのですが、それはさておき、現実の目標になったエベレスト登山に対して、そこからどうアプローチしたんですか?
「当時17歳だった僕は、2年後の登頂を目標として設定しました。調べてみると日本人の最年少登頂記録が20歳でしたので、せっかくなら……と思ったんです。
 大きな壁になったのは費用面でした。それまでは海外の山も含めて、費用はすべてアルバイトなどでまかなってきましたが、エベレストだけはケタがひとつ違います。登山費用だけで800万円、それにプラスして高所登山道具代や渡航費などを含めると、とても大学生が2年間でなんとかできる金額ではなかったんです」

─親には支援を求めましたか?
「いえ。自分のやりたいことは自分で責任を持ちなさい。それができるなら、好きなように生きなさい。というのが小さい頃からの教育方針でした。なので、親に頼ろうとは一度も考えませんでした。もちろんアルバイトは続けましたが、それだけではどうにもならないので、大学にも支援をお願いしようと考えました。まだ入学したばかりの頃でしたけど(笑)」

─大学の方はさぞかし驚かれたでしょうね?
「びっくりされてましたね。それでも学生の夢を応援したいということで支援していただけることになり、さらにOBの方にも声をかけていただき、大勢の支援者が集まりました。また、自分でも小中高の友人や恩師にも協力をお願いし、そうして資金が集まって遠征に参加できたのが、昨年4月のエベレストでした」

ローツェから見たエベレスト。

地震の被害が大きかったカトマンズ市街。

─ところが、遠征中にネパールの地震に遭遇してしまう。
「そうです。ネパール全土を襲い、大勢の死者や行方不明者を出した4月25日の大地震です。僕らがいたエベレストベースキャンプでも大規模な雪崩が発生して、20人が亡くなりました。結果、僕らも含めて世界中から集まっていたすべての登山隊が活動を断念。とても登山を続けられるような状況ではありませんでしたから」
中編へ続く)

Text / Chikara Terakura
soto9号(双葉社スーパームック)より転載


伊藤伴
1995年12月、東京・小平市生まれ。小学校5年生でモンブランに登りたいと考え、国際山岳ガイドの近藤謙司に相談。以来、中学3年でモンブラン(4810m)、高校3年でネパールヒマラヤ、ロブチェ・イースト(6119m)、大学3年でエベレスト(8848m)と、いずれも近藤のガイドによって登頂を果たす。東京経済大学経営学部在学中

Impression 伊藤伴のアイテム

ビショップスフォールズジャケット/ビショップスフォールズパンツ (旧品番)

他のダウンスーツと比べて全体的に柔らかく、動きやすいと思います。肘などの擦れやすい所は補強してあり、安心感があります。チェストポケットは、ハーネスに干渉しない場所に設置され、大きさも十分です。分厚いグローブを着用したままでも中身を取り出すことができるのでとても使い勝手が良かったです。パンツも両脇が全開になるので、シューズを履いた状態でも簡単に脱ぎ履きすることができます。細かい部分まで使いやすさがデザインされていると感じました。


2016/10/12


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