仕事で行けない我慢のタイミングがあるからこそ、釣りも楽しめる<ビール醸造家 植竹 大海>

2025年現在、国内のクラフトビール醸造所は約1,000箇所、5年前と比較すると2倍近く増加しており、クラフトビール人気の高まりがうかがえます。そんな中、2022年に北海道の東部に位置する人口2,400人の鶴居村で、釣りを趣味としながら廃校となった小学校の校舎と体育館を利活用してクラフトビールを造っているのが植竹大海さんです。ここでは、ライフワークとしてのビールづくりと釣りに没頭する植竹さんの人生観に迫ります。

「何もしない」という選択よりも、行動する選択

はじめに、植竹さんがクラフトビール業界に飛び込んだきっかけや魅力について教えてください。

きっかけは大きく2つあります。ひとつは地元の埼玉県に「コエドビール」というクラフトビールメーカーの工場があり、ある夏にその工場が一般向けに解放されていたので、見学に行ったことです。その際に初めてクラフトビールを飲みました。

私が知っているビールとはまったく違う味だったので、感銘を受けたんです。同時に、当たり前のようにお店に並んでいるビールも、だれかの手によってつくられているんだなと思い、自分でもつくってみたいと考えるようになりました。

もうひとつは、学生時代に専門学校でバイオテクノロジーについて勉強していたことです。発酵について勉強していたので、発酵という工程があるビールづくりにも生かせると考えました。もちろんビールを飲むこともすきですが、トライアンドエラーを繰り返しながら造っていくというプロセスそのものに魅力を感じています。

ビールづくりも突き詰めていくと、何度やっても次の課題だったり、もっとその高みが見えたりするので、終わりがないんです。常に新しいことを試せる、試行錯誤できるという点で仕事としてもおもしろいと思います。

ビールづくりの合間や休日にはスタッフと一緒に釣りをしていると伺いました。釣りは移住のきっかけにもなったんでしょうか。舞台に北海道を選んだ背景と併せて教えてください。

幼少時代は、自分が地元の埼玉を離れて、どこか違う土地に住むということは考えもしませんでしたが、大人になってビールづくりの仕事を始めてから、ビールづくりの技術があれば、住みたい場所に住むこともできるということに気づいたんです。

ビールは世界中で造られているお酒なので、技術があれば海外に拠点をかまえることもできる。もともと北海道が大好きで、ビールづくりを通して北海道に住めるチャンスだと思ったんです。

初めて北海道に足を踏み入れたのは、私が22歳のときの新婚旅行。雄大な自然の風景だったり、美味しい食べ物だったり、どっぷり満喫すると北海道のことが大好きになってしまい、そこから年に最低でも1回、多い年は4回北海道に旅行に訪れるようになりました。

当時、住んでいた関東の環境に不満があったわけではないのですが、どこかでもっと自然をより身近に感じられる場所に住みたいとか、自分の趣味である釣りをもっと気軽に楽しめる環境に身を置きたいといった考えはずっとあったのでそれも決め手となり、仕事や釣りを通じて知り合った縁もあり、スタッフと一緒に移住してきました。

北海道の中でも、人口2,300人ほどの鶴居村を選んだ理由は?

北海道で自分のブルワリーをどこではじめるか考えた際に、まずは北海道ですでにあるブルワリーの場所をひとつずつ地図上に示していったんです。そうすると道東エリアにはほとんどブルワリーがないということが判明しました。

既にブルワリーがあるところで新しく始めるのではなく、まっさらなところから始めることで、その土地にいる人がクラフトビールを知るきっかけづくりにもなると考えてブルワリーがまだ少ない道東地域を選びました。

ビールづくりの観点でも、水が豊富なだけでなく、水質もいいですし、鶴居村の基幹産業である酪農において経済循環が生まれることも選ぶ上で後押しとなりました。ビールづくりでは必ず廃棄物として麦粕と呼ばれる残りカスが発生します。

都市部では一般的にその残りカスは焼却処分するのですが、鶴居村では牛の餌といった飼料としての需要があるため、近隣の農家さんに全て飼料として提供し、再利用されています。

「釣れた」という感覚よりも、「釣った」という感覚が欲しい

今回の取材でも撮影が始まる前、明け方3時から釣りをしていたと伺いました。釣りの原点や魅力について教えてください。

釣りに興味を持つようになったのは小学校の高学年くらいだったと記憶しています。9歳か10歳くらいのときに父親と一緒に釣りに行ったのが原体験でした。

社会人になったばかりのころは仕事が忙しくて、しばらく釣りをしていなかった時期もありましたが、埼玉県から栃木県に仕事のフィールドが移ったタイミングで、釣りを再開しました。

主に海や湖でのルアー釣りをメインに、「メタルジグ」という金属製のルアーを好んで使っています。リアルな魚の形になっているわけではなく、自分でルアーにアクションをつけながら魚を誘い出して釣るスタイルが好きです。

なるべく実際の餌から遠い道具を使うことで、「釣れた」のではなく「釣った」という感覚を得られるところにも醍醐味があると思うんです。

湖の釣りにおいては、狙う魚や風向き、波、水生昆虫の量などさまざまな条件・情報をもとに自分なりに仮説を立てながら試していくので、実験的で試行錯誤を繰り返していくという側面がビールづくりとも似ていて、没頭できます。



植竹さんにとってのライフワークとは?

私はビールを造ることが好きなので、仕事も趣味みたいなものです。そのため、オンとオフの境界線は良い意味で曖昧なんです。釣りをしている時にビールに関する新しいアイデアを思いつくこともあります。

オンとオフをはっきり区別したい人ももちろんいるとは思いますが、私の場合はオンとオフの垣根がないことが、とても心地がよく、自分にとってのいいライフスタイルになっています。ただ、どうしても仕事に追われてしまうとアウトプットが鈍ってきてしまいます。

新しいビールをつくるためのアイデアがなかなか出てこなくなる。忙しくて、心身ともに消耗しているのを感じる時には無理矢理にでも休みをつくるか、仕事の前に30分だけ釣りをしてから出勤することもあります。

釣りは趣味のひとつですが、ライフワークに近い感覚で、もし今釣りをやめろと言われたら多分仕事も続けられなくなってしまうと思うので、釣りは生活の一部になっています。

ビールづくりはまさにライフワークです。ただ単に生活をするための仕事ではなく、半分アートのような、創作活動であり、仕事でもある。そんな感覚です。

植竹さんが思う、自然や釣りの魅力について教えてください。

一番の魅力は答えがないところです。人ってどうしても色々なことに答えがあると思いがちですが、自然を相手にすると絶対的な「答え」というのはなく、そもそも必ずしも答えを探す必要がないということに気付かされます。

屈斜路湖の釣りでも、季節によって状況が大きく変わります。初夏にかけてはワカサギが岸際に寄ってきたり、水生昆虫のモンカゲロウが羽化したり、秋になればヒメマスが産卵のために岸寄りしてきます。季節を感じながら、「変化」を観察する。明確な答えはありませんが、自分なりの答えを探し求めながら遊べるところが魅力です。

最後に、今後の展望について教えてください。

若いうちにお金を貯めてリタイヤしたいっていう人もいらっしゃると思うんですけど、私はどちらかというと一生仕事(ビールづくり)をしていたいです。おそらく仕事を辞めて、釣りだけ毎日やってたら、それはそれで釣りに飽きてしまう気がするんです。

仕事があるからこそ、「釣りに行きたいけど行けない」という、我慢のタイミングがある。私の場合は、その我慢を経てから釣りに行くと一層楽しいと感じられるんです。一生ビールを造って、一生釣りをしたいなと思っています。



(プロフィール)

ビール醸造家/ 植竹 大海

1985年生まれ。埼玉県出身。バイオテクノロジーの専門学校を卒業後、ビール醸造の道に進む。これまで国内外のブルワリーで醸造に従事し、ビールづくりの腕を磨く。コロナ禍をきっかけに日本に帰国後独立し、2022年自身のブルワリーBrasserie Knotを東北海道の鶴居村に設立。「ビールと、つなぐ。ビールで、つなぐ。」をテーマに東北海道の空気に馴染むような、自然と調和するビールを醸造している。自身のビール醸造と平行して、新規ブルワリーの立ち上げ支援、技術提供なども行っている。

Text:Nobuo Yoshioka
Photos:Matthew Jones