人生最後の日の後悔をなくすために、滑走日数にこだわり続ける<星野リゾート・星野佳路代表>

スキーの年間滑走日数、80日を目標に掲げ、オンとオフのバランスを追求しつづけている星野リゾート・代表の星野佳路さん。軽井沢の温泉旅館を4代目で継ぎ、現在は「星野リゾート」を経営しながらも、ご自身が50歳になった節目で残りの人生の過ごし方について深く考え直したんだそうです。星野さんの人生観にも触れながら、スキーライフについて聞きました。

50歳になった時に、残りの人生の過ごし方を考え直しました

星野さんは学生時代、アイスホッケー部に所属していたと伺いました。スキーに熱中しはじめたきっかけは何だったんでしょうか?

幼少時代から菅平や志賀高原へ家族でスキー旅行に行っていたので、スキーは子どものころからしていました。ただ、実家のある軽井沢ではスキーよりもスケートが盛です。小学生の時はスピードスケート、中学生からアイスホッケーを始め、大学の4年間は体育会に所属していました。

スキーに打ち込みはじめたのは2003年。私が星野リゾートの経営をはじめてからしばらく経ってからのことです。当時、福島県のアルツ磐梯スキー場と、北海道のトマムの再生に着手していました。そのときに、仕事として世界各地のスキー場に足を運び、スキー業界がどう変わっているのかということを視察した際に滑ったことがきっかけとなりました。

実際に世界各地のスキー場で滑ってみると、スキーに対する印象がガラッと変わったんです。自分が当時抱いていたスキーに対するイメージは、ゲレンデ内を朝から晩まで滑って楽しむというものでしたが、2000年代には、新たにスキー場外を滑走するバックカントリーを楽しむ人も増えていたりと、そこには自分の知らないスキーの世界が広がっていました。それから自分自身の楽しみとして、徐々に傾注していきました。

スキーにはどのような魅力があると思いますか?

私にとってのスキーの魅力は、大きく2つあります。ひとつは、家族や友人、会社の同僚といった仲間と一緒に行けるという点。アイスホッケーは周りの人を気軽に誘えないのですが、スキーはいろんな人を誘うことができます。

もうひとつの魅力は、旅という要素を備えているという点です。スキーを軸にした旅行として楽しむことができます。スキーの舞台は自然の中ですので、訪れる地域によって景色も違えば食も違う。仲間と一緒にその地域の文化を味わうことができるので、私にとっては旅行の一部でもあります。スキーは自分に冒険をさせてくれるひとつのツールにもなっています。

「年間滑走日数80日」を目標に設定していると伺いました。代表として日々お忙しい中、仕事とスキーのバランスを保つ上で心掛けていることはありますか?

そもそもなぜ「年間滑走日数80日」を目標にしているかというと、私が50歳になった時に残りの人生の過ごし方を考え直したことがきっかけでした。星野家は代々、日本人男性の平均寿命でもある80歳の手前でだいたい同じような病気で亡くなっています。

遺伝子に組み込まれているのかはわかりませんが、私も50歳を迎えた時に残りの時間のことを考えざるをえなかった。仮に自分の人生を80歳までとすると、残りは30年。「人生最後の日の後悔」を考えると、私の場合は「もっと会社のことや仕事のことを一生懸命考えれば良かった」という後悔ではなく、「もっと滑っておけばよかった」という後悔になるだろうと思いました。



その後悔を解消するためには、残りの30年を考えるとスキー滑走は本来前半の15年に寄せるべきだと考えました。体力面を考えると、完全に仕事から引退したあとに今と同じように滑ることはおそらくできない。そう考えた時に、スキーを後回しにするのではなく今取り組んでいこうと決めました。

それからは毎年しっかりと滑走日数を確保するために、滑走日から先にスケジュールを埋めていくようにしました。そうしないと仕事の予定がスケジュールに勝手に入ってきてしまいます。例えば、1年前から12月から3月までをとりあえず全部ブロック。その後にどうしてもやらなければいけない仕事だけを埋めていきます。スケジュール管理が以前よりもうまくなった気がします。

滑走日数の目標を決め、それにこだわって行動していかないと、人生最後の日の後悔は解消できない。年間滑走日数目標は、経営的な目標も含めて今や私が最もこだわっている目標数値となりました。「これだけは必達」と周りにも話しています。変な話のように聞こえますが、人生を考えた時には真っ当で長期的なアプローチです。

組織で自分ができること、やるべきことに集中しようという意識が高まりました

今回取材させていただいた「星野リゾート ネコマ マウンテン」では、宿泊者のチェックアウトの時間を14時にするなど、スキーヤーやスノーボーダーの目線に立った斬新な取り組みが特徴的です。スキーは星野さんの人生や仕事にどのような影響を与えているんでしょうか?

スキーが仕事にプラスになってるというと、周りのスタッフには怒られます(笑)。実際現場に迷惑をかけてしまっているのも事実です。ただ自分が仕事に充てる時間が限られているということは以前よりも意識しています。自分が組織でやるべきことに集中しようという意識が高まったことは1番いい影響だと思っています。自分が得意な分野以外は、それぞれの道のプロがいますから、信頼して関与しないことで滑る日を増やすことができます。任せたことで少々ダメな結果になっても、その分滑ることができていると思えば気になりません。



スキー場の経営においては、私自身がスキーヤーだからこその発想をすることもでき、その面では貢献できる部分もあります。たとえばスキーヤーやスノーボーダーにとって朝の時間帯は、前日降り積もった新雪を楽しむことができる貴重な時間ですから、いっそ朝食をなくしてしまおうだとか、チェックアウトを14時にすることで午前中だけ滑ってお風呂にも入ってから帰られるようにしたりだとか、リゾート経営の常識にとらわれないアイディアを多く発信しています。だいたい最初は社内で強い反対を受け、ほとんどは没になりますが、その後実現する項目もあります。



お客様はもちろん大事ですが、同じように働いてくれている人たちも大事です。特に日本はこれからどんどん労働力不足になっていきますから、その中でワークライフバランスをどう取るか。お客様の満足度と働くスタッフたちの満足度をどう両立させていくかは重要な視点です。

両立を実現するためには、今までの常識をある程度破っていかなければならない。スキー場で働くスタッフの満足度を考えた時に、チェックアウトが14時であれば、部屋清掃業務は遅くスタートするのは、朝滑って午後から出勤するというシフトを組むこともできます。スタッフそれぞれが働きたいと思う環境をつくっていくことが私の責任でもあり、社内に働きかけていくべきことなんだと思います。

最後に、今後はどのようなスキーライフを送っていきたいですか?

年間80日滑走という目標を100日にできないかと模索しています。その上で、いろんなところに行きたいです。世界中には世界遺産の数よりもスキー場の方が多い。繰り返しにはなりますが私にとってスキーは仲間との旅のひとつでもあります。

私が自分で立ち上げ事務局も担当している「星野グルメスキークラブ」という、仲間と旅をしながらスキーだけでなく食も楽しむというクラブがあるので、これからもそのメンバーと一緒に、毎シーズン計画を立ててあちこち旅に行きたいと思います。



(プロフィール)

星野リゾート代表/星野佳路

1960年長野県軽井沢生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、米国コーネル大学ホテル経 営大学院修士を修了。帰国後、91 年に星野温泉旅館(現・星野リゾート) 代表に就任。以後、「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO(おも)」「BEB」の5ブランドを中心に、国内外で60施設を運営。年間80日をスキー滑走の目標としている。

Text:Nobuo Yoshioka
Photos:Matthew Jones