ロングトレイルのピークはどこにあるのか 人と出会いが旅を育てたアイスエイジ・トレイル

全11トレイルあるアメリカのナショナル・シーニック・トレイルを全て踏破するという壮大な旅の一つとして、今回はアメリカ・ウィスコンシン州を走るアイスエイジ・トレイルを歩いた斉藤正史(さいとう まさふみ)さん。丘が連なり、森と農地とロードが交互に現れる風景。そのなかで季節は確実に進み、人との距離は、思いがけないほど近づいていった。いままで出会ったことのない出来事、感じたことのなかった感情がアイスエイジ・トレイルにはあった。そんな旅のストーリーを斉藤さんから聞いた。


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氷河が作り出した丘陵地帯が続くアイスエイジ・トレイルの自然

アイスエイジ・トレイルを歩いて最初に感じたのは、日本の山とは根本的に違う地形だったということだ。

「氷河が削ってできた丘なので、山という山がないんですよ。スキー場もあるんですけど、高い丘の上にあって、滑走斜面も短い。日本の山とは全然違いますね。地形が違うと植生も全く変わってきます。北の方は森が多いんですけど、南に下るにつれて農地が増えていく。森、農地、森、農地っていう感じで分断されていくんですよね」

トレイルは丘陵だけで完結するわけではない。チーズなどの酪農やジャガイモ、大豆、スイートコーンといった農産物の生産が盛んで、畑を抜ける道も多く、州立公園のエリアとエリアをつなぐようにルートが設定されている。

「道歩きのエリアは、牧場のそばや背の高いコーンの間を通っていく感じです。そこからまた次の州立公園に入っていく。自然がずっと連続しているというより、分散されている印象でした。どこに行っても「オールドファッションド」は飲んだか?と聞かれましたね。ウィスコンシン州で有名なブランデーベースのカクテルです。トレイルエンジェルと一緒に飲みに行ったりもしました。甘い香りで美味しいんですよ」

写真提供:斉藤正史


こうした環境の違いは、野生動物の存在感にも表れていた。

「生き物は、シカがめちゃくちゃ多いですね。ハンティングシーズンに歩かなきゃいけない時は緊張感がありました。他の州だと州立公園はハンティング禁止のところが多いんですけど、州立公園内でもハンティングが認められているエリアが多い。しかもハンティングがすごく盛んな州で、トロフィーハンティング(狩猟の成功の証として、獲物の頭部を剥製にしたり、角や毛皮を持ち帰るレジャー活動)として根付いている感じです」

シーズンは長く、弓矢やボウガンから始まり、11月には銃猟も解禁される。

「歩いている途中でトレイルエンジェルからオレンジのベストをもらって、ハンティングエリアでは必ず着けなさいと言われました。撃たれるからって。何人ものトレイルエンジェルにそこまで言われたのは初めてですね」

自然環境のなかを歩く一方で、こうした人間の営みと常に隣り合わせであることも、アイスエイジ・トレイルの特徴だった。一方で、季節の楽しみも確かにあった。斉藤さんは、紅葉の時期に歩くことをあらかじめ選んでいた。

写真提供:斉藤正史


「スタートを早くすると蚊がめちゃくちゃ多いんですよ、人の形になるぐらい。だから夏に歩くか、寒い冬にかかる時期にするか悩んだ末、寒い方を取って、秋に歩くことにしました。ずっと紅葉を追いかけるような感じで歩いていましたね。ニューイングランド地方はイエローが多いんですけど、アイスエイジ・トレイルはメイプルも混じって、赤とか茶とかもあって。紅葉は全般的にすごくきれいでした。農家の入口でメープルシロップが売られていて、欲しいなとは思ったんですけど、大きすぎて(笑)。日本みたいな小さいのは売ってないんですよね」

季節が進んでいることを実感する瞬間も、日々のなかにあった。

「朝起きるとテントが凍っていたり、ボトルの周りが凍っていたり。あ、寒かったんだなって。朝スタートする時に一枚羽織るようになると、季節が進んでいるなって感じましたね。最後の方は雪が心配になり、前倒しで休まず歩いたおかげでなんとか雪には遭わずに歩き切れました」

写真提供:斉藤正史


写真提供:斉藤正史


旅の終盤、特に心に残ったのは北側の森のエリアだった。

「最後のエリアが一番良かったですね。紅葉も終わって、枝だけになった静かな森で。音がなくて、飽きのこない静けさがあって、ああ、好きなエリアに入ったなって。特に印象深いのが、ミシガン湖沿いを歩く区間。湖なんですけど、見た目はもう海なんですよ。砂浜もあって、すごくきれいで。歩き終えた後もシカゴで一週間くらい滞在して、ずっとミシガン湖沿いをハイキングしていました」

ヒッチハイクに大苦戦した前半の“なんにもない”エリア

苦労したことと言えば、歩き始めのまだわずか数十キロあたりでの「ヒッチハイク」だという。街もそれなりに通るトレイルだと思っていたら、西側には大きな街がなく集落も通らない。田舎ではあると聞いていたが、想像していたよりも不便だった。

そうなると問題になるのは補給だった。西側のいくつかの区間では、トレイルから街へ出るためにヒッチハイクが必要になる。最初のヒッチハイクは、拍子抜けするほどあっさりだった。

「最初の一回目は五分で捕まったんですよ。周りの人たちは“絶対止まらない”って言っていたんですけど」

ところが、次のポイントは違った。

「次のポイントでは車を捕まえるのに2時間もかかりました。交通量が少ないし、車が通っても全然止まってくれなくて。公園の入り口でランチを食べていたおじいちゃん達に、『町まで行きたいんだけど乗せてもらえませんか』って聞いたら、“町?そっち歩いて行くとあるよ”って言われて」


写真提供:斉藤正史


うわぁ、これはきついぞ……と立ち尽くしていると、一人の自転車乗りが声をかけてきた。

「車、止まらないでしょ?って。全然止まる気配もなくて、俺どうしていいかわかんないんだよね、って愚痴を聞いてもらって。その人が去り際に、“もしかしたら止まってくれる車いるかもしれないから、頑張ってね”って言ったんです」

それから一時間後、一台の車が現れた。

「迎えに来てくれたのは、さっきの自転車の人が連絡してくれた街の友達でした。彼がいなかったら、多分街には降りられなかったですね。彼はあの場所できっと車を捕まえられないから、手が空いたら迎えに行ってあげてと連絡してくれたそうです。交通量がそもそも少ないのもありますが、ウィスコンシン州の人たちって、他のロングトレイルと違ってヒッチハイクに慣れてないんですよね。だからこのエリアを歩く人たちは、あらかじめトレイルエンジェルに連絡して、迎えに来てもらうのがスタンダードだったようです」

ヒッチハイクでは、ウィスコンシン州の北部地域はドイツやポーランド系の人が多い地域で、電気を使わず、馬車に乗り、自給自足で伝統的な暮らしを守り抜く『アーミッシュ』にも出会った。

※ウィスコンシン州はポーランドやドイツからの移民が多く、ウィスコンシン州北部には、多くのアーミッシュの集落があり、道路に馬車注意のサインがあるほど。

「ヒッチハイクしていたら、アーミッシュの若者が来て、“明日だったら馬車で連れて行ってあげるんだけど”って」

結局その申し出はタイミングが合わなかったが、斉藤さんのロングトレイル人生初の馬車ヒッチハイクが叶っていたかもしれない。

有名人になっちゃった!? 熱烈歓迎のトレイルエンジェルたち

アイスエイジ・トレイルを歩いていて、斉藤さんが強く印象に残ったのは、人との距離の近さだった。それは、これまで歩いてきたどのロングトレイルとも違う感触だったという。丘が連なるこのトレイルは、山岳的な厳しさは少ない。その分、歩く人の層が広い。

「6割がトレイルで、4割は舗装路。マーキングはわかりやすく、迷うことはほとんどありません。歩きやすいから、若い人からお年寄りまで、結構いろんな方が歩いているのが素敵でしたね。facebookのコミュニティには約6万人もの人が登録しています」

写真提供:斉藤正史


写真提供:斉藤正史


そしてもうひとつ、このトレイルを特徴づけているのが、人々の“関わり方”だった。
地域ごとにトレイルへの関心が高く、道路歩きの区間を減らし、より自然なルートへ変えていこうとする活動が続いている。実際に、斉藤さん自身がその現場に立ち会うこともあった。

「トレイルエンジェルに整備現場へ連れて行ってもらいました。トレイルにはテープが巻いてあり、木の高いところを切ってあって。“この道どう?”って聞かれたりとか」

歩くだけでなく、“道が生まれる途中”を見られる。それもまた、このトレイルならではの体験だった。手軽なぶん、歩いている人には会うものの、スルーハイクをする人は多くない。スルーハイクらしいハイカーに出会ったのは逆向きに歩いていたオランダ人の若者ただ一人。しかも彼はずいぶんとウルトラライトスタイルで、斉藤さんの楽しみ方とは真逆で、トレイルを駆け抜けていったようだ。

ただの目標達成の旅じゃない。“余白”たっぷりに楽しむのがモットーの斉藤さん。歩いているうちに、少しずつ“知られた存在”になっていく。

写真提供:斉藤正史


「スマホの電池に限りがあるので、歩いている時は全然わかんなかったんですけど、どうやら出発前にFacebookグループにUPした写真がちょっとバズったようで。その後、トレイルエンジェルとの交流などをUPする度に盛り上がっていたらしいんですよね。最後のほうはもう、かなり過激なぐらいでしたね。後半の約一週間は、歩いていると車が止まって、写真撮られて。“頑張って”って言われて、また別の車が止まって。足りないものない? 水大丈夫?って。それがずっと続く感じでしたね」

アイスエイジ・トレイルのFacebookグループでじわじわと話題になり、人から人へと伝わっていく。ついには歩いている途中で地元のメディアに取り上げられ、これまでの経歴や夢が伝わったことで熱烈応援に拍車をかけた。トレイルの入り口にあるサインポストや行き止まりを示す看板には、袋が掛けられていることがあった。そこには、手書きでこう書かれている。

「“MASAへ”って書いてあって、中にお菓子が入っているんですよ」

最初はスナックだったものが、次第に食事になり、バスケットになり、最後には衣類まで入るようになる。

「ブランケットとか、Tシャツとか、ラップシャツとか、グローブとか。こんなの持ってけないなって思うんですけど、“この中からチョイスしてね”って。最後の方はポッキーとかクッキーとか、日本食っぽいものが入っていたり。最初は食料を何日分か持っていたんですけど、途中からもう持てなくて。だんだん食料減らしたくらいです」

写真提供:斉藤正史


なかには、斉藤さんの顔を描いたイラストを作った人もいた。

「Facebookで直接渡したいと連絡が来たので、どこで会えるかなって相談して連絡を取り合いました。車で待っててくれて、お菓子と一緒に、厚紙に挟んで持ってきてくれました」

これまで歩いてきたアパラチアン・トレイルやPCTでも、トレイルエンジェルは存在した。けれど、ここまで“面”で歓迎される感覚は初めてだった。トレイルマジックは今までで一番、ずば抜けていたという。さらに驚いたのは、斉藤さんの歩きが、地元の人たちに影響を与えていたことだ。

「歩くのをやめてたけど、投稿を見てまた歩き始めましたってメッセージをくれる人もいました。トレイルエンジェルをやったことがなかったけど、ハイカーを泊めてみたかったんだと言ってくれる人もいました。じゃあその人のところにも泊まりに行こうかと、3日ほど泊めてもらいました。その方の娘さんがワシントン州に住んでるから、来年その辺りを歩くなら娘のところに泊まったらいいよとか、今度カヌーに一緒に行こうよと次の約束もしました。外国人として入れてもらった感じじゃなくて、家族として受け入れてもらった感じでした。毎日英語のシャワーを浴びて疲れることもありましたが、スマホを触るのは寝る時でいいやって。きっと話したり、一緒に何かするのを求めているんだろうなって」

敬虔なクリスチャンの家庭では、教会に同行し、祈りの時間を共有した。夕食後には家族みんなでアップルパイとアイスクリーム。ゼロディには植物園にも一緒に出かけた。アメフトの日には、グリーンベイ・パッカーズのユニフォームを着せられ、みんなでテレビ観戦。

写真提供:斉藤正史


「その写真がアップされていたらしく、スタジアムを見学した時、スタジアムの職員にまで“日本人の歩いてるやつだろ”って声をかけられたりもしてびっくりしましたね(笑)元々、声かけられたら行くタイプではあったんですけどね、こんなにトレイルエンジェルの家に泊まったのも、声を掛けられたのも初めてでした」

歩くことが、知らない誰かの日常とつながっていく。歩くことで、人の輪の中に入り、地域の物語の一部になっていく。最後に訪れた街、スタージャンベイでは市議会議員の方とも交流があり、思いがけない話へ発展した。

「日本のトレイルとアイスエイジ・トレイルで姉妹トレイルを結びたいよねっていう話にもなりました。そういう架け橋にもなれるかもしれない、と『歩く旅』の新しい展開も見えました」

歩みを止めない。歩くことは生活の一部

斉藤さんから「つらかった」「やめたかった」という言葉は、一切出てこない。唯一、インソールが合わなくて、足が痛かった時くらいだ。3週間ほど我慢したが、インソールを買い直して解決。その後はまた絶好調で歩いた。

「歩いていてつらいと思うことは、ほぼないですね。歩くのをやめたいとも思わない。ロングトレイルを歩き始めた頃は、貯蓄を切り崩していく生活だったので、収入的に厳しくてやめようかなって思ったことはありましたが、それっきり。例えば、登りはしんどくても、ずっと登り続けることはないですよね。山が見えるところまで上がってしまえば、あとは下るだけ。坂なんか、いつか終わるんだから。宇宙まで行かないでしょ。そう思わないと歩けないっていうのが最初はあったのかもしれないけれど、何年も続いているとそういう思考になっちゃうんですよ」

写真提供:斉藤正史


歩くことは、特別な行為ではなく、日常の延長になっている。

「歩くために働いて、また歩く。合っているんでしょうね。こういう生き方が」

歩くことは、挑戦ではない。斉藤さんにとっては、生活の一部であり、人生のリズムそのものだ。歩いているからこそ、手を差し伸べてもらえる。目標を持って歩いているからこそ、関わろうと思ってもらえる。道路歩きがあってもいい。地域とつながり、人と関係を結ぶことで、トレイルは別の価値を持ち始める。

約2ヶ月を歩いた先で見えたのは、風光明媚な景色だけではなかった。人の暮らしの中に入り、時間を共有することでしか見えない世界と次の旅への道筋だった。



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PROFILE

斉藤正史(さいとう まさふみ)
2012年より日本で唯一のプロハイカーとして活動。2013年、アメリカ3大ロングトレイルを踏破し、日本人で2人目のトリプルクラウナーとなる。スルーハイク(単年で一気にルートを歩く方法)で歩いた距離は22,000km以上、地球半周を超えた。ハイカーとして歩くだけでなく、地元山形でトレイルを作る活動も行い、日本でのトレイルカルチャー普及に努める。 
オフィシャルホームページ
YLTクラブホームページ

INFORMATION

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Text:中島英摩
Photo:sguchi