ロングトレイルの装備選びは、スペックだけでは決められない。歩く季節、環境、時間、そして自分の体質や歩き方。そのすべてを想像しながら、道具を組み合わせていく必要がある。
第二回では、アイスエイジ・トレイル踏破を前にした斉藤正史さんのウェア選びと、約2ヶ月を歩き終えた後の振り返りを通して、ロングトレイルを支える装備の考え方を追っていく。
出発前に思い描いた役割は、現地でどう機能したのか。想定通りだったもの、誤算だったもの、上のセレクトとリアルな体験、その間に生まれた気づきを紐解く。
ロングトレイルは“歩き出す前の装備設計”から始まる
「いままでのロングトレイルとは違う」アイスエイジ・トレイルは、約2か月をかけて季節の移ろいと共に渡り歩くロングトレイルだ。スタートは夏の気配が残る季節、そこから秋を越え、最後は冬の入口に差し掛かる。
「季節がどんどん変わっていく時期に行くので、最初はきっと暑い。でも、秋が来て、最後は相当寒いかもしれない。どのくらいの寒さになるのかが分からないから、とにかく“重ね着できること”が大事。組み合わせをアレンジして、季節に対応できるように考えています」
ギリギリまで削り込むより、組み合わせで調整できる余地を残す。我慢比べをしに行くわけじゃない。長く歩き続けるために、選び直せる“余白”を装備に残した。
雨を防ぐだけじゃない、体を守るアウターシェル
アウターに選んだのは、ウィスラーピークシェル。OutDry™ Extreme Eco(アウトドライエクストリームエコ )を搭載した、防水透湿性の高いレインシェルだ。「小雨くらいなら体の熱で乾くので、レインジャケットを着ずに歩くこともあります。でも、降り続く雨や気温が下がったときは話が別。雨を防ぐだけじゃなく、防寒としても重要なんです」
表地にメンブレンを直接ラミネートした構造は、パッパと振れば水滴が落ちる。表地が水分を含むことがないところがロングトレイルにいいという斉藤さん。
「長期間使っていると表地はどうしても汚れてきます。さらに雨が続き表地が濡れると水を含んで重くなるし、乾かすのも大変。汚れを落とそうとしてゴシゴシ洗うと生地も傷む。その点、表地メンブレンは気が楽ですね」
汗っかきだという斉藤さんにとって、ベンチレーションとヌケの良さも欠かせないポイントだ。
「歩いているときは、とにかく熱がこもらないことが大事。雨を防げても、中が蒸れてしまったら意味がないですから。ヌケの良さはかなり重視しています」
肩まわりの補強など、耐摩耗性も評価ポイントのひとつ。レインパンツは履かないことも多く、その分、上半身のシェルが果たす役割は大きい。そして、レインウェアに加えてソフトシェルも持っていくというのが意外だった。
歩く時間と、休む時間。その間をつなぐ保温レイヤー
今回は季節の変化にどう対応するかが課題なので、中間着や保温着が鍵となると語る斉藤さん。行動中は問題なくても、止まった瞬間に体は一気に冷える。また、季節が移り変わる今回のアイスエイジ・トレイルで、積雪の可能性もある後半の寒さ対策の防寒着として選んだのが、コアライトダウンジャケットだ。
「歩いているうちはいいんです。でも、夜になって動きが止まると、途端に寒くなる。特にロングトレイル後半はエネルギーが足りなくなって、どんどん痩せていくので、余計に寒く感じるんですよね」
700FPのダウンに撥水加工が施され、湿度の高い環境でも保温力を維持しやすい。アイスエイジ・トレイルの東部エリア特有の結露や湿気も想定した選択だ。
「睡眠は一番大事だと思っています。寒さを感じず、ちゃんと熟睡できるかどうかで、翌日の回復が全然違うんです」
パッカブル仕様であることも、実用的な理由のひとつ。
「ダウンジャケットの袋って、なぜかなくなるんですよ(笑)。最初から本体に収納できるのは助かりますね」
中間着として選んだのは、軽量で汗抜けの良いグリッドフリース、エッセンシャルハイクグリッドフリース フルジップ。フルジップ仕様は、体温調節のしやすさにつながる。
「行動保温着は必須ですね。中間着に求めるのは、着回しのしやすさ。持っていけるアイテムは限られているので、Tシャツやシャツとどう組み合わせられるかを重視します。前が開くと、ちょっとした調整がしやすい。フードは重ね着する時にもたつくし、雪が降ると中に溜まるので、付いていない方が好きですね。」
シンプルで着回しが効くハイカースタイルを叶える、ライトキャニオンシリーズ
ベースレイヤーはTシャツ2枚にライトキャニオンシリーズのロングスリーブシャツで揃えることになった。「ハイカーはシャツ好き、ってよく言いますけど、僕もそのタイプですね。シャツは着回しがしやすい。暑ければ前を開ければいいし、寒いときは襟を立てて首元を守れる。さらっと羽織れるのがいいんです」
白系カラーも、あえての選択。
「汚れるとは思うんですけど、味が出るかなって。」
袖をまくれる仕様、前開き、メッシュベンチレーション、メガネ掛け。細かなディテールが、長旅で起きる様々な日々の変化に応えてくれるはずだ。
基本は軽快に、寒くなったら足す
「暑がりなので、基本はハーフパンツですね。ヌケがいいし、動きやすさ重視です」ランドローマー リップストップショートパンツⅡは、撥水機能「オムニシールド」によって、多少の雨や泥も気になりにくい。
「雪が降る可能性もあるので、撥水はありがたい。軽くて歩きやすそうなのもいいですね。タイツは苦手なので、寒くなったらロングパンツに変えます。マダニ対策はゲイターと併用する予定です」
ロングパンツ(マウンテンズアーコーリングⅢパンツ)やレインパンツ(マゲイクハイクレインパンツ)は、状況に応じて使い分ける前提だ。
回復のための“別枠”、就寝時のためのウェア
斉藤さん独自のスタイルとも言えるのが「寝巻き」の存在だ。「行動着と就寝着は別にしたいんです。重くなっても持っていく、こだわりのひとつです」
「東部エリアは湿度が高いので、サラッとした吸湿速乾素材がちょうどいいですね。寝るときは必ず長袖です」
就寝時だけでなく、寄り道や街でのリラックスウェアとしても使えることを想定している。
小さな差が、気持ちを左右する
主に雨天時と、寒さ対策として使用するグローブは、薄手なハンターダッシュライトフリースグローブと少し肉厚で暴風性に優れたダイヤモンドカードウィンドプルーフグローブⅡを選んだ。「寒いときに指先がかじかんで動かなくなると、メンタルがやられてくるんですよ」
オーバースペックは求めないが、水を弾き、必要なときにすぐ外せることを重視した。歩く時、帽子をほぼずっと被っているという斉藤さん。枝に引っ掛けたときに頭を守ってくれるし、日焼け予防にもなる。小雨のときはフードを使わず、帽子で対応することも多いという。こだわりポイントは、撥水性と汗止め。就寝時に防寒として被ることも想定してニットキャップも選んだ。
トレイルを歩かない時間は、基本的にサンダルで過ごすという。
「ブーツタイプの登山靴なので、脱げる時間はとにかく足を休ませたいですね。買い出しに行く時、水を汲みに行くときなど、あまりにペラペラすぎると歩きにくく怪我をする可能性もあるので、ある程度しっかりしていて軽い方がいいですね」
ピークフリーク ラッシュ シャンダルは、つま先がガードされ、軽くて、耐久性もある。
「クッション性があって履き心地が良さそう!ゼロディ(歩かない休日)に足がリラックスできるのは大事です。ギリギリ、カリカリにする必要はない。持てる余裕は必要だと思っています。我慢比べしに行くわけじゃないですから」
“モノの余裕は、心の余裕”
その言葉が、斉藤さんらしい道具選びを端的に表している。
ICE AGE TRAILを歩き終えて、振り返る
ICE AGE TRAILを歩き終えた斉藤さんは、無事に日本へ戻ってきた。斉藤さんのバックパックから戻ってきたウェアたちには、2か月分の時間と経験が刻まれている。実際のロングトレイルで、どんな答えを出したのだろうか。出発前に想定していた役割は、実際の環境でも機能したのか。予想外に活躍したアイテムはあったのか。踏破後だからこそ語れるリアルな感触を、アイテムごとに、振り返ってもらった。
写真提供:斉藤正史
出発前、斉藤さんが想定していたのは、季節がゆっくり、しかし確実に移り変わっていく流れだった。しかし、実際に歩き始めてみると、天候の変化は想像以上に細かかったという。
「暑い日があったり寒い日があったり、小刻みに変わっていったんですよね。だから、快適な温度域を探しながら、今日はシャツでいこうとか、今日はフリースを足してみようとか、そうやって試していました」
歩きながら自らの体で試し、少しずつ自分なりの“快適”を見つけていく。それは、事前の想定を修正するというよりも、現地で微調整を重ねていく作業だった。
「寒くなっていく段階で、これくらいの気温になったらロングパンツにしよう、っていう目途が歩きながらついていった感じですね」
想定以上だった「湿度」と「寒さ」
想像と違った点もある。「アメリカのなかでも、湖や川などの水辺がめちゃくちゃ多い州だったので、ものすごい湿度でした。毎日足元やテントがぐちょぐちょでした。まさかここまで湿度高いなんて思わなかったですね」
写真提供:斉藤正史
また、装備選びの段階では「基本はハーフパンツで歩く」と話していた斉藤さんだが、後半は気温が一気に低くなり急遽現地でタイツを調達するも、最終的にはハーフパンツとタイツでも対応しきれない寒さとなり、ほぼロングパンツを履いて歩いた。
「暑すぎなくて乾きも良くて歩きやすかったですね。ポケットの配置がいいんですよ。サイドポケットはスマートフォンを入れても歩く動きを邪魔しない。バックポケットには汗拭き用のハンカチを入れていました」
就寝用として想定していたニットキャップも、思いのほか行動時に着用する場面が多かった。
「11月に入ってから、めちゃくちゃ寒かったんです。それでも今年は暖かい方だったみたいで、現地の人には“ラッキーだよ。普通は10月中旬で雪が降る”と言われました」
本格的な寒さが来る前に終えたい。その判断から、後半は休まず一気に歩き通す選択をしたという。
唯一の失敗は、グローブの選択
寒さに関して、数少ない“失敗だった”と振り返るのがグローブだ。出発前は「そこまで厚手のものはいらない」と考え、薄手の一双だけを持ってスタートした。「判断が難しかったですね。気温がマイナスになると、朝は指先が氷りつくように冷たくなって、途中でウールのグローブを手に入れました。買ったというか、厳密にはロングトレイルハイカーをサポートしてくれる地元の人々“トレイルエンジェル”にもらったものです。寒さに耐えかねて厚手のタイツは買い足しました」
写真提供:斉藤正史
スキーグローブじゃないと無理なレベルだったという。そこまでの寒さを想定できず、一番の難しい選択だったという。歩き終えた一週間後には、ゴール付近で雪が降った。タイミングひとつで、状況は大きく変わっていたはずだ。ギリギリのところで乗り越えた。
もっとも活躍し、もっとも愛用した「トレイルシャツ」
「これは本当に持ってきてよかった」と真っ先に挙がったのがシャツだ。装備選択時にも、トレイルシャツが好きと語っていただけある。これまでのロングトレイルでもシャツは着てきたが、今回使ったのはストレッチ性や通気性を備えた“ハイカー向け”のシャツ。
「こういうシャツはあまり使ってこなかったんですけど、やっぱりサラッとした肌触りと速乾性は大事ですね。温度域的に使いやすい期間が長くて、結果的にいちばん着ていた気がします」
Tシャツの上に羽織っても良い、防寒やアウターの下でもいい。重ね着のバリエーションに優れていて、単体でも行動できる。袖をまくって留められるストラップやスナップボタンなどのギミックもお気に入りポイントだという。気温が大きく下がるまでの期間を、最も長く支えた存在だった。
風が強いアイスエイジ・トレイルならではのキーアイテムは、ソフトシェル
アイスエイジ・トレイル特有の環境として、斉藤さんが挙げたのが「風」だ。ほぼ全域が丘陵地帯で森林がほとんどない地形。遮るものが少なく、風にさらされる区間が多い。そんな状況で頼りになったのがソフトシェルだった。
写真提供:斉藤正史
「ソフトシェルは絶対持っていくんです。レインジャケットは蒸れるので、できるだけ着たくない。でもちょっと寒い、ちょっと風が強い、そういう“ちょっと足りない”ところを埋めてくれるのがソフトシェルですね」
Tシャツやシャツの上に羽織ることで、風を防ぎつつ、熱をこもらせすぎない。行動中の体温を“いい状態”に保つための一枚だった。フード付きであることも、首元や頭部の冷えを防ぐうえで効果的だったという。逆にレインジャケット以外の他のアイテムはフードなしを選んだのも正解だった。
写真提供:斉藤正史
“休む道具”から“歩く道具”になったサンダル
就寝用パジャマとして持っていった上下は、結果的に滞在期間を通してフル稼働した。寒い時期にはその上にフリースを重ね、暑ければ脱ぐ。快適に眠れる状態をつくることが、翌日の回復につながっていた。「睡眠は一番大事だと思っているので、重くなってもそこは削らないですね。この上下は就寝時以外もトレイルエンジェルの家で過ごす時、街へ行く時など、ずーっと着ていましたね。生地が良かったんですよ。肌触りが好きで、乾きも早くて便利でしたね」
写真提供:斉藤正史
もうひとつ、意外な活躍を見せたのがスニーカー×サンダル要素を持ち、クッション性もあるピークフリーク ラッシュ シャンダルだ。もともとはテント場や街でブーツを脱ぐために持っていったものだったが、“スラックパッキング”の場面で新しい役割を得た。スラックパッキングとは、ある地点を宿泊拠点として滞在しつつ、(大きなバックパックは置いて)必要最小限のギアや食料だけを持って部分的なセクションを歩き、また拠点に戻るという歩き方。今回は、現地で出会い旅をサポートしてくれたトレイルエンジェル達の家に滞在することが多く、車でトレイルの起点・終点まで送迎してくれる時には身軽に歩いたという。
写真提供:斉藤正史
「アイスエイジ・トレイルは、ロードを歩く箇所が多く、登山用の大きなブーツでは疲れるから嫌だなぁと。荷物が多い時には登山靴が有効ですが、スラックパッキングなら足元も身軽でいい。シャンダルはクッション性があるのですごく歩きやすかったんです」
スラックパッキングで30km以上歩く日もあり、結果的にサンダルで歩いた距離は100km近くに及んだ。寒い時期は靴下を履いて対応し、石が入ればその都度調整する。日本のロングトレイルのように舗装路が多い環境でも、応用できる選択肢だと感じたという。
軽さと快適さの優先順位は?
装備全体を振り返って、斉藤さんが大切にしていたのは「軽さ」ではなかった。「例えば後半になるにつれてどんどん痩せて、カロリーも足りなくなる。1日に消費するカロリーを全部摂るのは難しくて、そういう時って寝起きが一番体温が下がる。朝起きたら体が冷たくなっていたりして。だから、就寝時のギアは重くても充実させる。回復しないと歩けないですから。人間って皆さん我慢できるところと我慢できないところがあると思うんです。だから、我慢できないところは重くても持つ、我慢できるところはなるべく軽くしてもいい。そうやって長く歩けるような道具を選ぶことが大事だと思います」
装備やレイヤリングを支えに歩き続けた、2ヶ月のアイスエイジ・トレイル。次回は、長い時間を歩いたからこそ見えてきた風景、人との出会い、そして斉藤さん自身の変化に焦点を当てる。アイスエイジ・トレイルが、斉藤さんにもたらした“歩くことの意味”を掘り下げる。
PROFILE
2012年より日本で唯一のプロハイカーとして活動。2013年、アメリカ3大ロングトレイルを踏破し、日本人で2人目のトリプルクラウナーとなる。スルーハイク(単年で一気にルートを歩く方法)で歩いた距離は22,000km以上、地球半周を超えた。ハイカーとして歩くだけでなく、地元山形でトレイルを作る活動も行い、日本でのトレイルカルチャー普及に努める。
■オフィシャルホームページ
■YLTクラブホームページ
Text:中島英摩
Photo:sguchi