オーストラリア中央部、ノーザンテリトリーの砂漠地帯を横断する総距離223kmのロングトレイル「Larapinta Trail(ララピンタトレイル)」。赤い大地と岩稜が続くこの名ルートに、ファッション・広告モデルとして活動するかたわら、休日は趣味の山歩きを楽しんでいるという関根優さんが単独で挑んだ。ロングトレイルを初めて歩く彼女は、灼熱の大地で孤独と向き合いながら、何を見て、何を感じたのか。5泊6日の旅を振り返ってもらった。
Contents
・AIとアプリで組んだ5泊6日の計画
・孤独と不安に飲み込まれた初日
・2日目以降、変わっていく意識と景色
・水・暑さ・単独行というリアルな問題
・歩き切った先に見えた世界
・山は人生の先生のような存在
・ララピンタトレイルの基本情報
・ロングトレイル挑戦を支えたギアたち
■なぜ、ララピンタを選んだのか
関根さんが登山を始めたのは2年前。友人に連れられて、北アルプスの燕岳を訪れたことがきっかけだった。 「登りはしんどかったんですけど、その先に待っていた稜線の景色に圧倒されてしまった。『うわっ、山登りって楽しい!』と、一気にハマっていきました」
その後は仕事の合間を縫って各地の山へと足を運び、次第に装備を軽量化して歩く “UL(ウルトラライト)スタイル”で山旅を楽しむようになっていく。人生2回目の登山が、マレーシアのキナバル山だったというのだから、その行動力と度胸には驚かされる。
また、最近は「自分と向き合う時間」を大切にするようになったという。 「山では一人の時間を楽しむ感覚が強くなってきたので、ソロで登ることも多いんです」
ララピンタトレイルは、そんな一人時間を「数日間のテント泊で歩ける海外のロングトレイル」で味わうためにたどり着いた旅先だった。
■AIとアプリで組んだ5泊6日の計画
旅の準備は、約2ヶ月前から始めた。 ルート設計にはAIと地図アプリを活用。行程の目安やキャンプ地の距離、水場の位置などをAIで整理しつつ、地図アプリでファクトチェックをしながら計画を組み立てていった。 実際の現場では、地形や水量の変化があって、柔軟な調整が必要な場面もあったが、関根さんの5泊6日の行程は以下の通り。
Day 1
Alice Springs(街から送迎車を利用)→Serpentine Gorge → Serpentine Chalet Dam (約13.5km)
Day 2
Serpentine Chalet Dam → Ormiston Gorge(約29km)
Day 3
Ormiston Gorge → Rocky Bar Gap(約25km)
Day 4
Rocky Bar Gap → Redbank Gorge(約11km)
Day 5
Redbank Gorge → Mt Sonder Summit → Redbank Gorge(約16km往復)
Day 6
Redbank Gorge→Alice Springs(街まで送迎車を利用)
使用したアプリ:「All Trails」 (ルート、時間、距離)、「FarOut」 (水場、テントサイト)
■孤独と不安に飲み込まれた初日
待ちに待ったトレイルの初日。登山口まで送ってくれた車が走り去った瞬間、関根さんは急激な不安に襲われたという。「最初はまだ楽しみもありましたが、歩き始めて1時間もしないうちに『もう無理かもしれない。帰りたい』って思いました」
そう思うのも無理はない。海外のロングトレイルを単独で歩くことはもちろん、2泊以上のテント泊縦走は初めての経験だった。しかも、大量の水を背負わなければならず、50Lのバックパックにパンパンに詰めた荷物と不安が肩にずしりとのしかかった。
「暑いし、重いし、寂しいし。全然楽しくなかったです。でも電波もないし、迎えを呼ぶこともできない。周りには頼れるハイカーの姿もありませんでした」
それでも尾根までなんとか上がると、目の前にオーストラリアのアウトバックらしい広大な景色が広がった。「その景色を見た瞬間、『ここで諦めたくない、もっと先まで歩きたい!』って思えたんです」
■2日目以降、変わっていく意識と景色
負けず嫌いな性格も後押しし、なんとか初日は歩き切った。2日目は、約30kmのセクションで、次の水場までは一気に歩き切る必要がある。夜中に目が覚めてしまったので、暗いうちから歩き始めることにした。
この日は、数kmごとに目まぐるしく景色が変わっていった。砂漠から大草原、渓谷に岩場。まるで別の世界を旅しているようだった。気がつくと頭上を埋め尽くしていた満天の星空はいつの間にか消え、昇り始めた朝日が、どこまでも広がる赤土の大地にみるみる色彩を与えていく。そんなオーストラリアらしい壮大な景色の中を歩き続けるうちに、不安はだんだんと薄まり、この環境を楽しもうとする心の余裕が生まれてきたという。
「天候だったり、トラブルだったり、不安だったり。大変であればあるほど、自分の力で歩いた先に待つ景色が一層美しく見えるんじゃないか。そう思えてからは、不思議とポジティブな気持ちになっていきました」
■水・暑さ・単独行というリアルな問題
とはいえ、不安要素が全て消えたわけではない。最大の課題は水だった。「水を減らせば荷物は軽くなるけど、水場が本当にある保証がない。水のことばかりずっと考えて、ドキドキしながら歩いていました」
ルート上には藪漕ぎや渡渉が多く、時には植物がトレイルを覆い隠している場所もあり、GPSで現在地を確認しながら進む場面も少なくなかった。
背負うのも一人、悩むのも一人。考えれば考えるほど、不安は増していく。しかし、関根さんはそんなヒリヒリとする時間も嫌いではないそう。「私にとっては、その不安も含めて冒険なんです。一人で山を歩く時に限って、自分の考えの甘さや面倒くさがりなところに足元をすくわれる。でも、結局、そうした自分自身と向き合う時間の中に、いろいろな気づきが見つかる。まあ、あとからだから笑って話せることですけどね」
■歩き切った先に見えた世界
今回のルートの中でも特に印象的だったのは、「オーミストン渓谷(Ormiston Gorge)」。数十mの赤褐色の岩壁の足元に、豊かな水を湛えるウォーターホールがあり、大きなユーカリが茂る静かなスポットで、あたりには鳥のさえずりだけが響く。数日間、乾燥したトレイルを歩き続けた後に現れるこの渓谷は、心身をリセットできる"オアシス"のような存在だったという。「気に入りすぎて、2日続けて訪れるほどでした。旅の終盤だったこともあって、本当にリラックスできました」
さらに、最大のハイライトは5日目にルート最高地点「マウント・ソンダー(Mt. Sonder)」で迎えた朝日。山頂から見渡すと、あたりには視界を遮るものはなく、波打つような赤褐色の山並みが続き、その先には地平線まで乾いた大地が広がっていた。まるで、赤い大地の海を見下ろすような景色で、日本ではお目にかかれないスケール感だ。「その景色を見た時、『私、本当にオーストラリアのトレイルを歩いてきたんだな』って、やっと実感が湧きました」
■山は人生の先生みたいな存在
ロングトレイル、渡渉、藪漕ぎ、長期のテント泊。今回の遠征には、あらゆる"初めて"が満載の山旅になった。「5泊6日の中に、自分がやってみたかったことが全部詰まっていた気がします」
初日の不安や孤独も含めて、終わってみれば大きな達成感につながっていた。彼女に山に惹かれる理由を聞くと、自分の足で歩いた先にしか見られない景色があるからだという。「たとえ同じ山に登ったとしても、同じ瞬間は二度とありませんから」
その感覚は山だけに限らない。旅ではその土地でしか出会えない人や食事があり、仕事には努力の先にある成果がある。日常もまた、一日として同じ日は存在しない。「山を好きになってから、一日一日をより丁寧に大切に過ごすようになりました。私にとって、山は人生の先生みたいな存在です」
だからこそ彼女は、まだ見ぬ景色を求めて、また旅に出る。
■ララピンタトレイルの基本情報
ララピンタは、日本での知名度は高くないものの、本国では"オーストラリアを代表するロングトレイル"と評される名トレイルである。トレイルの基本情報を整理してみよう。
<総距離と必要な日数>
オーストラリア中央部の砂漠の中、総距離は223kmに及ぶトレイルは、12のセクションに分けられている。完歩日数の目安は約10~14日。今回、関根さんは後半(西側)の8~12セクションを、5泊6日かけて歩いた。山小屋で食料や飲料を補充したり、途中で町に下りて買い物をすることはできない。日数分の衣食住を背負い、テント泊で歩くのが基本となる。フードドロップ(事前に食料を分割して置いておくこと)も利用できる。
ララピンタトレイルの公式サイト:https://www.larapintatrail.com.au/larapinta-trail-sections.html
<季節と天候>
ベストシーズンは5~8月。日中の気温が落ち着き、空気が乾燥していて晴天率も高い。逆に、10~3月は日中の気温が40℃を超えることもあるため、ハイカーの数は極端に少なくなる。関根さんが歩いた4月は、夏の終わりから秋口にあたり、ハイカーが比較的少なくなる端境期。最高気温は30℃を超え、夜の気温は5~15℃ほどと1日の気温差は大きい。
「日中は日差しが強く、かなり暑かったので、昼間に距離を稼ぐのはしんどいなと感じました。2日目以降は、できるだけ日の出前の涼しい時間帯に歩くよう心がけました」
<体力と登山技術の目安>
テント泊装備を背負って、標高500~1000mほどのレンジを行き来するイメージで歩く。最高地点はマウント・ソンダーで、標高は1,380m。「テント泊装備でアルプスを2、3泊歩ける体力があれば、十分楽しめると思います。看板がたくさんあってルートはわかりやすいし、登山道も歩きやすい。技術的に難しい箇所もありません」
<宿泊とパーミッション>
トレイル上には山小屋はなく、セクション毎にあるサイトでテント泊が基本となる。サイトは整備が行き届いていて快適。雨水を濾過した水タンクが設置されていて、水を補給できる。サイトはセクションの間以外にも点在しているので、距離が長いセクションは刻むことも可能だ。 「ホームページから事前予約が必要です。同時にパーミッションも取れる仕組みになっているので、アメリカのような抽選結果を待つ不安がなく、現地での面倒な手続きもなし。サイト利用料が1日10ドル、パーミッションが1日25ドル×日数なので、トータルで175ドル(約2万円)でした」
※費用は取材時(2026年4月)のもの。為替レートにより変動あり
テントサイトの予約とパーミッション申請のサイト:https://parkbookings.nt.gov.au/Web/
<交通手段>
最寄りの町・アリススプリングからのトレイルイン&アウトには、自家用車かレンタカー、送迎サービスを使うのが一般的だそう。
「女性の一人旅であることを考慮して、多少値が張っても、口コミが良くて、ホームページがしっかりしている送迎サービスを選びました。宿選びにも同じことが言えますが、海外のひとり旅では安全性にはお金を惜しまないことが大事だと思います」
送迎車の予約サイト:https://larapintaexpress.com
■ロングトレイル挑戦を支えたギアたち
テント泊装備と1週間分の食料が基本装備。飛行機に持ち込めないガス缶とペグは、現地のアウトドアショップで購入した。「夏の北アルプスでテント泊をするくらいの装備で良いと思います。日本と違うのは、浄水器、UVカットウェア、バグネットが大事なこと。私はバグネットを持たなかったのですが、これが大失敗。穴という穴からハエが入ってくる。かなりの数を口にしてしまったと思います。夜以外はずっと追ってくるので、持った方がよかったですね」
また、今回の旅は長距離歩行と暑熱環境を想定して選んだ装備が役に立った。その使用感も聞いてみよう。
◆ウィメンズトレイルラッシュロングスリーブフルジップ
「暑さと紫外線から身を守るために、毎日ほぼ着っぱなしでした。汗をかいても乾くのがすごく早いし、少し濡れると冷却機能の効果でひんやり感がありました。UPF機能も搭載しているので、日焼けに対する安心感もあります。親指を通せるサムホールをずっと使っていたのですが、気がついたら親指だけ真っ黒に日焼けしてしまいました(笑)。」
◆ウィメンズライトキャニオンショートスリーブTシャツ
「こちらは、行動中のベースレイヤーとして活躍した一枚。汗を大量にかくような環境でも不快感が少なく、速乾性の高さが印象的でした。湿度が低かったので、テント場で軽く洗って干しておけばすぐに乾きました。1週間近く着ていても、匂いはほとんど気にならなかったですね」
◆ウィメンズヤマジェニックワイドパンツ
「ララピンタでは、トレイル沿いにトゲのある植物が多い。余裕のあるシルエットのパンツは棘が刺さりにくくて重宝しました。もともとワイドパンツのシルエットが好きなんですが、結果的にララピンタとの相性も良かったわけです。また、渡渉で濡らしても、あっという間に乾いたのが印象的。長時間歩く旅では、このストレスの少なさはありがたかったです」
◆コノス トリリアム エーティーアール
「ララピンタは急峻な岩稜帯が続くようなルートではないため、長時間歩き続けるためのクッション性が重要。ソールが薄めのシューズを履き慣れているのですが、装備も重かったので今回はこれを履きました。普段は足裏が痛くなりやすいのですが、長く歩いた翌日も疲労感が残らず、本当に助けられました」
◆ワイルドウッドハイツ50L+10Lバックパック
「大量の水を背負うことを考えて、しっかりとした構造のバックパックをチョイス。肩や腰に荷重が分散する感じがして、重たい荷物も想像していたよりずっと楽に背負えます。雨蓋を取り外してポーチとして使える機能も便利で、トレイルでも下山後の街でも、使い勝手がすごく良かったです」
Text:池田圭
Photo:関根優